「ITと人権」という看板は、3年9カ月前に掲げました。 テクノロジー界隈の人々も、人権を学び、企画や開発や運営に反映していかないとまずい時期に来ていると感じたんですね。 欧州のデジタル規制、台湾のデジタル民主主義はこの人権重視路線です。しかし残念ながら(続く
米国テクノロジー業界では、X(Twitter)を筆頭に「俺たちの好き勝手にやらせろ」という路線が露骨です。そこに社会契約としての正当性はありません。 いっぽうオードリー・タンは「人権は社会のOS」と戒めました。「すべての人の平等な尊厳と権利」を主語に考えることが、人権のアイデアです。
テクノロジー業界にいると効率化や生産性向上の話ばかり聞かされます。 しかし、社会システムや政治について考えるとき、大事なことは正当性です。 取り組みの正当性をチェックするうえで人権は非常に有用なツールです。こういう考え方ならテック界隈の人も理解できるはずだと思うのです。
追記: テクノロジー業界の人にぜひ見てほしいスライドです。 https://docs.google.com/presen... 特に強調したい部分は、「人間をデータで仕訳する取り組みは、人権侵害に結びつきやすいアンチパターン」であり、特に人権の原則に配慮した取り組みが求められることです。
まだ電子計算機が発明される前のこと。 ナチス・ドイツはパンチカード計算機を用いて収容所送りにする人々を効率的に選んでいました。データ処理は深刻な人権侵害に結びつく可能性があるのです。 その記憶を持つヨーロッパのGDPR(一般データ保護規則)は、データ処理から人権を守るための法律です。
行政をデジタルで効率化する話は、個人と紐付いたデータを大量処理する話に結びつきます。 人権の原則は、この部分で特に注意深く守られなければなりません。「Aさんに関わるデータが、Aさんが知らない間に、Aさんにとって不利になる形で処理されること」が起きてはならないのです。
