Pluralityムーブメントについて少し話をしたい。安野たかひろ氏は日本におけるPluralityムーブメント実践の第一人者として紹介されているが、その観点でもPluralityについて話す必要がある。 結論は「安野氏はPlurality(意見の複数性)をもっと追求してほしい」である。 順番に話をしていく。
書籍「Plurality」の日本語版(山形浩生訳)では"Plulality"に「多元性」の訳語と、Unicode文字"⿻"をあてている。なにやら新しく、難解な概念であるように思われるかもしれない。 Pluralityには出典がある。非常に有名な本だ。ハンナ・アーレントの主著「人間の条件」である。
Pluralityの訳語として「人間の条件」志水速雄訳では「多数性」、牧野雅彦訳では「複数性」をあてている。日本のアーレント研究では「複数性」が定着しているようである。 例えば慶應大学で開かれた「Plurality」出版記念イベントで、政治学者の宇野重規氏は「複数性」という訳語を用いていた。
ハンナ・アーレントの「人間の条件」におけるPluralityの意味は「平等で異なる意見に出会える可能性」を指し、アーレントはこの性質(複数性)を「政治の必要十分条件」としている。 意見の複数性とは、社会が全体主義ではなく民主主義であるための条件、また民主主義であることを示す条件である。
書籍「Plurality」では、政治・行政とテック界隈で意見が合わない、という問題意識が語られる。 実際、イーロン・マスクを筆頭とするアメリカのハイテク企業人たちは、民主主義による規制に反発した。ピーター・ティールに至っては「自由と民主主義は両立しない」と言い切っている。
アメリカ的なテックの民主主義への反逆ではなく、別のやり方を探そう、複数の意見を交換しあい合意できる着地点を見つけよう、という考え方が「Plurality」という用語には込められている。 Pluralityとは「テクノロジー界隈が効率を追求すること」ではなく、人々の声を聴くことなのである。
だから、Pluralityのムーブメントはソフトウェアエンジニアや起業家たちのエコーチェンバーに陥ってはならない。 特に困りごとをかかえる人たち——たとえば障害を抱える人、闘病中の人、外国人、権利侵害に悩む女性、性的マイノリティ、カルト脱会者——の意見も、ぜひ聴いてほしいと切に願う。
