ここしばらく、教え子の教え子さんとか、古巣の特別講義の生徒さんとか相手に、同じ話をしてきたので、ちょっと整理(備忘録)がてらここに書いておきます。 単純に創作物における情報提示の順番とコンセプトの話。
基本的に私が経験から喋っている自論、それも基本的な概論にすぎないので、『あらゆる場面でそうせねばならない』という話ではありません。お間違え無きよう。 素人玄人の区別なく、小説なら最初の一行から数行、漫画やアニメならアバンタイトル(扉絵やOP前の出だしの場面)、といった部分は、
非常に悩む人が多いのですが、何故かというと、その冒頭部分で、鳥のひなのインプリンティングでもないですが、お客さんの中にある種の『刷り込み』が行われる可能性が高いからです。 最初の一行(一場面)でどんな印象を読者さんに持ってもらって、その気持ちのまま、作品を読み進めてもらうか。
割と分かりやすい例として私はホラーを例にとりましたが(ただし私はホラーは専門ではないので、微妙に間違っている可能性があります、そこは踏まえてお聞きください)。 仮に『貴方/貴女』が、編集部からホラーの作品を依頼されたとします。内容は自由です。サイコホラーでもオカルトホラーでも。
そもそもホラーは『怖い作品』ですが。 では恐怖感のキモってなんでしょう? 血? 暴力? 派手な音響? 音楽? 身体的あるいは精神的な苦痛? 私個人としては「無力感」だと思っています。
仮に読者=主人公だとして。 常識的な価値観と世界に生きている主人公(=読者)が、自分の依って立つ常識的世界のあれこれで対抗しづらい敵意や悪意にさらされて、ただ怯え逃げ惑うしかないから、恐怖が生まれるのではないかと。 仮説を重ねて恐縮ですが、仮に、これが、
『貞子』みたいなのが主人公を襲ってくる、追ってくる話だったとして、主人公が初手から『霊能者』『陰陽師』で、あの種のものに明確に対抗できそうな技能持ちだったりすると、恐怖感ってあんまりでない。
映画『エイリアン』はホラーだったけど『エイリアン2』はホラーっぽくなかったのも、1は暗中模索で単なる船乗りの主人公らが対抗しようとしていたのに対し、2では宇宙海兵隊の連中が完全武装で『殺せる』のを早い段階で見せてしまったので、格好いいアクション映画ではあるけど、ホラー感は薄い。
で―― そのうえで、翻ってホラーの小説(でも漫画でもいいですが)を作る場合、最初の一行、あるいは初手で見せる場面は、何が適当か?
主人公の依って立つ世界、世界観が提示されたうえで、その世界の「平凡な」「特別な対抗手段を持たない」主人公である、という事が示されていないと、上記の、「無力感」から恐怖を喚起する環境になりづらい。
そのうえ、主人公が怪異だのストーカーだの、その恐怖の対象に出会った瞬間のインパクトは、「落差」から生まれる事が多いですから、先にその「異常事態」と対になる『平凡な日常』を示しておいた方がいい。 初手で、いきなり、怪物に噛みつかれるカットから始まるホラー映画ってあんまないでしょ?
だとすると、ホラー小説(漫画、映画、アニメ)の冒頭は、『平凡な主人公(異常事態に対抗手段もってそうにない)』の基本情報(性格、立場など)を、『その世界の日常を明確に提示できる』シーンから始めるのが、『手堅い』という結論になる。(あくまで手堅い、ですよ、念のため。)
学生か、会社員か、割とオーソドックスなイメージが大多数の読者と共有できる立場がいい。その主人公が、例えば、会社帰り、学校帰りに、『遅くなった』ことの愚痴をこぼしながら独り、夜道を歩いているところから始めると、
学校で教師の説教を食らったか、会社で上司のパワハラを受けたのか、とにかく、そんな「まあどこにでも転がっていそうな立場と状況=平凡」を示すセリフをこぼしながら、『夜道を』(日常の範疇だが、これから起こる不穏さにつながりやすい)歩いている場面だと、
『家に帰りついて疲れてベッドに寝転がった瞬間、同じベッドに長い髪の女が寝ているのに気づく』(一例ですよ)という落差演出の場面に自然に繋がりやすい。 逆に――
(私はそっち系はあまり詳しくないので有名事例があれば申し訳ないが) 異世界転生、あるいはハイファンタジー系で、この種のホラーがあまり見られないのは、
主人公の無力感を最初に演出する為には、「何ができてなにが出来ないのか?」についての情報提示を、世界設定提示と同時に行わねばならず、主人公の言動についても、『それはその世界の凡人なのか?』というのを示す上での比較対象のキャラを先に出さないといけない。 はい。コストが重くなりがち。
ほら、異世界転生系の世界に貞子出てきても、魔術師がファイアボールぶちかますか、神官だの聖女だのが除霊呪文唱えてすぐ終わりそうでしょ? そうじゃないのだとすれば、『この世界の連中の常識でも埒外の存在』だと先に示してやらないと、貞子が怖い存在に見えない。
逆に言えば、それがコンパクトに実行できるなら、異世界系でホラーやるのも全然ありだとは思いますが。 ともあれ――
ホラーを書く、という場合でも、このくらいの事は事前に考えておくと、とりあえず『踏み外してない』感じで書き始める事ができます。 勿論、手段手法は一つではないのでここからひねるのはアリですが、基本を押さえておくと変化球も投げやすい。
更には、ホラーなのかコメディなのかで、同じ表現でも使う単語や文体が変わってくる訳で、 「ここは主人公の一人称で、社畜の主人公がぶつぶつ上司の文句を言っている場面から始める」 「主人公は怪異に遭遇してあわてふためいてもらうのが前提なので、あまりに気が強いよりも、普通の人物がいい」
「だとすると、主人公の一人称であまりキツい言葉ややたらに豊富な知識を前提とするような難しい言い回しはやめて、ニュートラルでオーソドックスな文体で構成しよう」 くらいの事は考えられるわけで。
ここまでくれば、とりあえず書いてみる上での「方向性」というか指針、「平凡な主人公がある日突然、怪異に出会ってあわてふためくホラー」という作品のコンセプトが明確になってますから、やるべきこと、情報の提示の順番と内容も、ある程度、明確化できる。
となると、あとは、慣れと言うか、自分の語彙と手持ちの演出技法の中から、この方向性に従ったものを書いていけばよく、このメリットは「右往左往しない」「といらえず最後まで書けそう」な事です。 細部の修正・調整・変化球は後からでもできます。
…………まあ、そんな話を、某専門学校の生徒さんとか、元教え子の教え子さんとか、そういう人たちに立て続けに話を、教室で、あるいは居酒屋でフライドポテトかじりながらしていた(なんか創作に役立つあれこれを教えろと頼まれたので)のですが。 まあ、誰かの何かの助けになれば、幸い。
あ。補足。 人間の無力感がホラーの恐怖の源泉的なものだと仮定すれば、同じ流れで、「貞子を扱ったコメディやギャグ」もどうすれば成立するか考える事ができます。 それこそ、天才陰陽師とかだったら貞子を翻弄しそうですし、霊感なさすぎて貞子の力が通用しないとか……要するに「無力じゃない」と
示す事ができれば、同じモチーフでも恐怖ではなくなるわけで、そこにばかばかしさを加味できれば、途端にコメディになる訳ですよね。 それこそ「吸血鬼すぐ死ぬ」みたいに、霊能者に駆除されまくるどころかビデオテープの劣化とかで死ぬけど、すぐ復活してくる貞子、と天才霊能者とか。
後は先のものと同じく、「そういうコンセプト」だとして「どの順番で何を、どの言葉で描写すれば、読者にするっと納得してもらえるか」を考えると、割とやる事が決まるのかなと。そういう話です。
